- 現在では、心臓から出た血液が体を一周して心臓にもどってくるという血液循環は誰もが知る事実です。ただしこの常識を1628年にイギリスのウィリアム・ハーヴェイが『動物の心臓ならびに血液の運動に関する解剖学的研究』で証明するまでには、長い葛藤がありました。
- 最近、私の元上司の、またその上司の先生からお借りした書籍『心臓とこころ:文化と科学が明かす「ハート」の歴史』(ヴィンセント・M・フィゲレド著、坪子理美訳)にその詳細が記載されていました。血液循環説で大きな役割を果たした3人の人物を取り上げました。
ガレノス(Galenus, 129年頃~216年頃)― 1400年続いた「医学の権威」
- ローマ帝国時代のギリシャ人医師。当時は人体解剖が禁じられていたため、サルやブタなどの動物解剖を行い、それまでは「空気が流れている」と考えられていた動脈の中に血液が流れていることを示した。
- 膨大な著作を残し、その体系は中世ヨーロッパやイスラム世界で約1400年間、絶対的な権威となった。しかし血液は肝臓で作られ、全身で消費されると考えた(循環という概念はなかった)。また血液は右心室から左心室へ、心室中隔の「目に見えない小孔」を通って移動すると考えた。
アンドレアス・ヴェサリウス(Andreas Vesalius, 1514~1564年)―
近代解剖学の父
- ブリュッセル生まれの医師で、20代でイタリアのパドヴァ大学の解剖学教授となる。当時の講義は、教授がガレノスの本を読み、助手が解剖するのが普通だったが、ヴェサリウスは自ら解剖した。1543年、全7巻の解剖書『人体の構造について(De humani corporis fabrica)』を出版。
- ガレノスの記載に約200か所の誤りがあることを、人体の観察にもとづいて指摘した。1555年の第2版では、心室中隔の小孔についても「見つけることができない」と疑問を呈した。晩年はスペイン王の侍医を務め、エルサレム巡礼の帰路、ギリシャのザキントス島で亡くなった。
ミカエル・セルヴェトゥス(Michael Servetus / ミゲル・セルベト,
1511年頃~1553年)― 肺循環を記し、火刑に処された人
- スペイン・アラゴン地方出身の医師かつ神学者であった。パリで医学を修め、ヴェサリウスと同じ解剖学者ヨハン・ヴィンター・フォン・アンダーナッハに師事した。血液は右心室から心室中隔を通るのではなく、肺を通って空気と混ざり、左心へ戻ると記した。
- この記述は、医学書ではなく神学書『キリスト教の復元』の中にあった。セルヴェトゥスは三位一体(父・子・聖霊を唯一の神とする教義)を否定したため、カトリックおよびプロテスタントの双方から異端とされ、1553年10月27日、自著とともに火刑に処された。
(投稿者 川崎)
2 件のコメント:
私はこの本の中で”こころ”が”心臓にある”と考えられてきた歴史にも興味をもちました。”心臓”の”心”は”こころ”、英語では心臓もこころもheart、ドイツ語ではHerz。今も皆が心臓のところでハートマーク(心?愛?)つくりますね。
元上司の上司の先生からコメントをいただきましたので許可を得て転記します.歴史の探索は面白いです.
少しだけ補充するとセルベトスが火刑になった理由の大きなものはカルヴァンとのプロテスタント教義の意見の違いのようです。肺循環の発見が火刑の理由の一つにはなったかもしれませんが・・・。カルヴァンはジュネーブで大きな力をもって異端の者たちを殺していました。しかしカルヴァンの教義が歴史的には資本主義の基礎になり欧米の繁栄につながりました。
イタリア、スペインなどのカトリック教国に行くと今でも昼休みのシエスタがありますが、イギリス、オランダ、ドイツ、アメリカなどのプロテスタント国ではシエスタがありません。
プロテスタントは時間通り懸命にまじめに働いたせいで今のような資本主義の大国になりました。(ドイツのウエーバーの説)
(その後の再追記)
ウエーバーは 正式にはMax Weberです。カルヴァンは自説を受入れない者はすべて異端とみなし多くの人々を火刑に処しました。セルベテスもその処刑された者の一人です。
カトリックでは金銭を儲ける仕事は汚れていると見做したのに対してプロテスタントのカルヴァンは運命予定説で職業は神から与えられた(呼ばれた=Beruf)使命であると言い、これがイギリスでピューリタン、フランスではユグノーとして広く信じられて、一生懸命働いて金銭を得ることが正当化されました。これが初期資本主義の発展を促したというのがウェーバーのテーゼです。
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